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札幌地方裁判所 昭和56年(ワ)495号 判決 1984年6月19日

原告

森茂

右訴訟代理人

岸田昌洋

小黒芳朗

被告

更生会社北炭夕張炭鉱株式会社更生管財人

大澤誠一

右訴訟代理人

富田茂博

主文

一  原告が、更生会社北炭夕張炭鉱株式会社に対し三一八一万八二九一円の更生債権及びこれと同額の議決権を有することを確定する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、更生会社北炭夕張炭鉱株式会社に対し、金五二三八万七八三五円の更生債権及びこれと同額の議決権を有することを確定する。

2  主文第三項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、訴外更生会社北炭夕張炭鉱株式会社(以下「訴外会社」という。)の従業員であり、夕張市清水沢所在の訴外会社夕張新鉱の採炭員として稼働していた者である。

(二) 訴外会社は、石炭の採掘・売買及び電気事業等を営む株式会社である。

2  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五四年二月二五日

(二) 場所 訴外会社夕張新炭鉱採炭現場

(三) 態様 原告は、右場所においてダブルチェーンコンベア(以下「本件コンベア」という。)の中に入り、右コンベアのトラフを切り詰める作業に従事していた。本件コンベアを作動させる原動機の運転操作は、坑道に設置された切羽監視操作盤(以下「操作盤」ということもある。)によつてなされるものであり、操作盤にはピン式の安全装置のついた操作スイッチがあつた。ところが、当時たまたま右操作スイッチの安全ピンが脱け落ちていたところに他の作業員が右スイッチに接触したために、突然、本件コンベアが動き出し、原告は、本件コンベアに左足を挾さまれて左大腿部切断の傷害を負つた。

(四) 治療経過、本件事故により、原告は、事故当日から昭和五四年三月八日まで夕張炭鉱病院に、同年三月九日から昭和五五年二月一六日まで美唄労災病院に入院したが、その間美唄労災病院において左大腿部切断の手術を受けて左下肢を喪失し、さらに輸血後の血清肝炎などの後遺症を残すことになり、同年二月一七日から週二回の割合で右病院に通院している。

3  責任原因

(一) 安全配慮義務違反

(1) 訴外会社は、昭和五四年二月二五日、原告に対し、前記2の本件コンベアのトラフ切り詰め作業を命じた。

(2) 使用者たる訴外会社は、労働契約に基づき、被用者たる原告が労務に従事するに際しては、採炭現場における機械・器具・設備等の不慮の始動により、被用者たる原告の生命、身体に危害の及ばないようにその安全を配慮すべき義務を負う。すなわち前記操作盤の操作スイッチには、ピン式安全装置が設けられていたが、その構造は単に水平にピンを差し込むものであるから、操作スイッチの安全ピンが、容易に脱け落ちないような状態で設置するか又は、より安全を配慮して本件コンベアの原動機本体に電力を供給するための動力源スイッチを切つたうえで作業させるか若しくは操作スイッチが誤つて作動しないように監視のために作業員を配置すべきものであつた。

(3) ところが、前記操作盤の操作スイッチは、傾斜面に設置されていたため、安全ピンをやや上向きに差し込む形となり、さらに、この安全ピンは、ネジ止め式ではなく、かつ、安全ピン孔が安全ピンの径より大きかつたために、振動や安全ピン連結チェーン自体の重さ、作業員の接触等によつても容易に脱け落ちる構造になつていた。

(4) 訴外会社は、右のとおり、不確実な安全設備しか施さず、また動力源のスイッチも切らず、かつ、操作スイッチの監視員も配置せずに、原告をしてトラフの切り詰め作業を行わせたものである。

(二) 工作物責任

(1) 操作盤は、本件コンベア及び原動機と連動して産炭を採炭現場から坑外まで搬出するために坑道に設置された土地の工作物であり、訴外会社が、これを設置していた。

(2) 操作盤の構造は、前記(一)の(3)に記載のとおりである。本件事故は、操作盤の右のごとき設置又は保存の瑕疵により発生したものである。

4  原告の損害 四八〇七万六三八七円

(一) 休業損害 三五〇万円

原告の月収は、平均三〇万円(昭和五三年八月から六か月間の平均月収)であり、休業期間は、昭和五四年二月二五日から翌年二月一五日までである。したがつて、右休業期間中の逸失賃金は、次のとおり算出される。

(二) 入院雑費 三五万五〇〇〇円

原告は、夕張炭鉱病院及び美唄労災病院に合計三五五日間入院し、その間一日一〇〇〇円の割合による入院雑費を支払つた。したがつて、原告が右入院中に支出した雑費の総計は、三五万五〇〇〇円である。

(三) 入院中の介護のための交通費 一〇万〇八〇〇円

原告が、美唄労災病院に入院している間、原告の妻が、原告の介護洗濯等のために週一度の割合で夕張市清陵町の自宅から美唄労災病院までバスで通つたので、その期間の交通費として一〇万〇八〇〇円(一往復二一〇〇円)を支出した。

計算式 2,100×4×12=100,800円

(四) 退院後の通院のための交通費 一一万二九八〇円

(1) 札幌に転居するまでの交通費 二万二六二〇円

原告は、右病院を退院したのち、三か月に亘り月二度の割合で夕張市の自宅より右病院まで通院し、その間の交通費として二万二六二〇円を支出した。原告は、本件事故の後遺症である肝蔵障害及び左大腿部切断による左下肢喪失のため長距離を歩行することが著しく困難なので、妻が付き添い、美唄駅から右病院まではタクシーを利用する必要があつた。夕張市の自宅から美唄駅までの往復バス代は、原告が一〇五〇円で、妻が二一〇〇円であり、美唄駅から右病院までの往復タクシー代が六二〇円である。

計算式 (1,050+2,100+620)×2×3=22,620円

(2) 札幌へ転居後の交通費 九万〇三六〇円

原告は、昭和五五年三月一日に訴外会社を退職したので、同年五月末に札幌に転居せざるを得なかつた。そして翌六月より月二度の割合で自宅から美唄労災病院に通院したので、訴訟提起時までに交通費として九万〇三六〇円を支出した。札幌の自宅から札幌駅までの往復タクシー代は二四〇〇円で、札幌から美唄までの往復汽車賃は、原告及び妻につきそれぞれ一〇〇〇円であり、美唄駅から右病院までの往復タクシー代が、六二〇円である。

計算式 (2,400+1,000×2+620)×2×9=90,360円

(五) 退院後の治療費 一一万三三一〇円

原告は、昭和五五年六月以降、美唄労災病院に、原告本人負担分として月二度の割合で薬代金三七九五円を、月一度の割合で検査料金五〇〇〇円を支払つた。そこで訴訟提起時までの支払額は、次のとおりである。

計算式 (3,795×2+5,000)×9=113,310円

(六) 労働能力喪失による損害三一四五万三六三三円

(1) 再雇傭期間経過時(満六〇歳)までの逸失利益

原告は、大正一五年一〇月三一日生まれの男子であり、前記後遺症(労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第四級の五にあたる。)により、終生に亘り労働能力を九二パーセント喪失したが、本件事故がなければ退職時(昭和五五年三月一日)より停年時(昭和五六年一〇月三一日)まで訴外会社において稼働し、月額三〇万円の収入を得ることが可能であつた。さらに、訴外会社においては、停年後も満六〇歳までは再雇傭される慣行があるから、少なくとも退職時から満六〇歳に至るまでの約七年間は、訴外会社において月額三〇万円の給与収入を得ることができた。原告が一年当たり三六〇万円の収入をその退職時において一時に請求するものとして、右収益から複式(年別)ホフマン計算法(ホフマン係数は小数点四位以下切捨て)に基づき年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その現価は次のとおりとなる。

計算式 300,000×12×0.92×6.589=21,822,768円

(2) 再雇傭期間経過後の逸失利益

原告は、満六〇歳の再雇傭期間が経過したのちも満六七歳に至るまでの七年間は就労可能であつたと認められ、昭和五三年度における満六〇歳から満六五歳までの男子平均年間給与額は二三八万三五〇〇円であるから、原告は、本件事故がなければ再雇傭期間経過後において、次のとおり九六三万〇八六五円の収入を得ることができた。その逸出利益は、前記と同様な方法で計算すると、次のとおりとなる。

計算式 2,383,500×0.92×4.392=9,630,865円

(七) 慰藉料 一二〇〇万円

前記諸般の事情、特に原告が、左足大腿部切断による左下肢喪失及び輸血後の血清肝炎の後遺症を残して症状が固定し、終身に亘つて通院と介護を必要とする状況にあること等を考慮するならば、その受けた肉体的・精神的苦痛に対する慰藉料は、一二〇〇万円を下らない。

(八) 損害の填補

原告は、(一)労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償給付として二二七万八三三六円、(二)訴外会社からの見舞金として一四四万一〇〇〇円を受領した。

(九) 弁護士費用 四一六万円

原告は、弁護士岸田昌洋及び同小黒芳朗に対し、着手金を支払つて本訴の提起、追行を委任し、さらに勝訴の場合には日本弁護士連合会報酬等基準に基づいて成功報酬を支払うことを約したが、このうち、訴外会社に負担させるべき金額は、前記(一)ないし(七)の合計額から(八)を控除した残額の内金たる四一六三万四七二三円の一割程度である四一六万円が相当である。

5(一)  訴外会社は、昭和五六年一二月一五日、札幌地方裁判所に対し、会社更生手続開始の申立(同庁昭和五六年(ミ)第四号事件)をし、同裁判所は、昭和五七年四月三〇日、更生手続開始決定をなすとともに、被告を更生管財人に選任した。

(二)  原告は、札幌地方裁判所に対し、更生債権届出期間である昭和五七年六月一五日までに、後記6記載の更生債権の届出をしたが、被告は昭和五七年七月二二日の更生債権調査期日において、異議を述べた。

6  よつて、原告は、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく前記5(一)ないし(七)記載の損害金のうち四一六三万四七二三円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年二月二六日から更生手続開始決定の前日である昭和五七年四月二九日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金六五九万三一一二円並びに前記5(九)記載の損害金四一六万円の合計五二三八万七八三五円につき、原告が更生債権及びこれと同額の議決権を有することの確定を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、(一)、(二)、(四)の事実は認め、(三)のうち、原告が、本件コンベアに左足を挾まれ、左足を大腿部で切断する傷害を負つたことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3(一)の事実のうち、(1)の事実は認め、(2)、(3)の事実は否認し、その主張は争う。

同3の(二)の事実のうち、(1)は認め、(2)は否認する。

4  同4(一)の事実は認める。

同4の事実のうち、入院期間については認め、その余の事実は知らない。

同4(三)ないし(五)の事実は知らない。

同4(六)の事実のうち、原告の性別、生年月日、退職日時、本件事故がなければ、原告が、退職時から停年時(昭和五六年一〇月三一日)まで訴外会社において稼働し、月額三〇万円の収入を得ることができたことは認め、その余の事実は否認する。

同4(七)の主張は争う。

同4(八)の事実は認める。

同4(九)の事実のうち、訴訟委任の事実は認め、その余の事実は知らない。

5  同5の事実は認める。

6  本件事故の責任原因について

操作スイッチの安全ピンは、石炭鉱山保安規則上、その設置が義務づけられているものではなく、また、採炭開始以来、振動や安全ピン連結チェーン自体の重さによつて安全ピンが脱落したこともなく、仮に安全ピンが脱け落ちたとしても、それによつて即座にスイッチが入るものではなく、相当の外力をもつてスイッチレバーを左右いずれかに九〇度回転させなければ入力されないものであるから、本件の切羽監視操作盤が通常有すべきところの安全性を欠いていたものとはいえない。また訴外会社は、作業従事者に対し、作業中は、操作スイッチを切つた上安全ピンをかけるよう指導し、本件事故発生日の作業においても、担当職員は、安全ピンがかかつていることを確認している。

さらに、トラフ切り詰め作業においては、チェーンの張力調整のため、原動機を運転作動させる必要があり、動力源のスイッチを切るわけにはいかない。また操作スイッチには安全ピンがついていた上に、スイッチレバーは相当の外力を加えなければ回転しないものであることは前記のとおりであるから、あえて監視のための作業員を配置する必要はない。したがつて、訴外会社に安全配慮義務違反はない。

7  労働能力喪失による損害について

昭和五四、五五年度において、訴外会社においては、停年に達した採炭員を再雇傭した実績は、全くない。また炭鉱離職者の離職後の再就職による給与は、月額一四万七〇〇〇円が平均であるから、原告の退職後の逸失利益の算定に当つては、これを基礎とすべきである。

三  抗弁

原告は、請求原因において自認するもののほか、以下の諸給付を現に受給し、あるいは将来受給することが確実であるから、これを原告の損害額から控除すべきである。

1  老齢年金(厚生年金保険法第四二条第一項第一号、第二項による年金)について

(一) 原告は、昭和五五年に一〇二万五七六六円を、昭和五六年に二一五万四九六六円を、昭和五七年に二二七万〇〇六六円を、また昭和五八年一月分から七月分までとして一七四万四六五〇円をそれぞれ受給済みである。

(二) 原告は、昭和五八年八月から昭和六八年一〇月三一日までの間(原告の就労可能な期間)の分として、少なくとも年額一八四万五二〇〇円(左記計算式による合計金一八九一万三三〇〇円)を受給することが確実である。

2  休業特別支給金(労働者災害補償保険特別支給金支給規則―以下「特別支給金支給規則」という―第二条第一号、第三条第一項)について

原告は、休業特別支給金として昭和五四年三月二七日から昭和五五年四月二五日までに七五万九三二三円の給付を受けた。

3  障害補償年金(労働者災害補償保険法―以下「労災保険法」という。―第一二条の八第一項第三号、第一五条)について

(一) 原告は、昭和五八年七月分までの障害補償年金としてすでに八二三万六一九六円を受領済みである。

(二) さらに、原告は、左記計算式のとおり、昭和五八年八月一日から昭和六八年一〇月三一日までの分として、年額二三三万六三七一円、合計二三九四万七八〇二円を受給することが確実である。

4  障害特別年金(特別支給金支給規則第二条第四号、第七条)

(一) 原告は、障害特別年金として、昭和五八年七月分までとして八七万六三〇二円をすでに受給している。

(二) 原告は、昭和五八年八月一日から昭和六八年一〇月三一日までの間、少なくとも年額二四万八五八三円(次の計算式による合計金二五四万七九七五円)を受給することが確実である。

5  石炭鉱業年金(石炭鉱業年金基金法第一六条による年金)について

原告は、昭和五六年一一月一日から昭和六八年一〇月三一日までの間、石炭鉱業年金として年額六万六〇〇〇円(左記計算式による合計七九万二〇〇〇円)をすでに受給し、あるいは受給することが確実である。

計算式 66,000×12(年)=792,000円

6  障害特別支給金(特別支給金規制第二条第二号、第四条)

原告は、障害特別支給金として、一七六万円を受給した。

7  補償の上積分

訴外会社は、原告に対し、訴外労働組合との協約に基づく労災保険法による補償の上積分として一九万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認め、同1(二)の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実は認め、同3(二)の事実は否認する。

4  同4(一)の事実は認め、同4(二)の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

6  同6、7の事実は認める。

7  各種年金、支給金等の性質について

被告の主張する各種年金(支給金)等は、労働者の公正な保護と生活保障又は福祉を目的として支給されるものであり、特に前記特別支給金支給規則に基づく各種支給金は、労災保険法第二三条の規定に基づく労働福祉事業の一環として給付されるものであるから、損害の填補を目的とした性質のものではないと解すべきであるから、これらを原告の損害額から控除すべきものではない。

また仮に右年金、支給金等のうち損害填補の性質を有するものがあるとしても、未だ現実の給付がなされていない以上、将来の給付額を受給権者(原告)の使用者(訴外会社)に対する損害賠償債権額から控除すべきものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一本件事故の発生原因

1  請求原因1(当事者)の事実及び同2(一)、(二)、(三)の事実並びに3(一)の事実のうち、原告が、昭和五四年二月二五日に訴外会社の夕張新炭鉱採炭現場において、訴外会社から命じられて本件コンベア(ダブルチェーンコンベア)のトラフの切り詰め作業に従事中、本件コンベアに左足を挾まれ、左大腿部切断の傷害を負つた事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(一)  訴外会社は、同社夕張新炭鉱採炭現場の通称南第一下段ロング内に石炭運搬用の本件コンベアを設置していたが、採炭作業の進捗により、昭和五四年二月二二日ころからゲート坑道がロング面側に寄つてきたために、本件コンベアのトップがゲート坑道のコンベアトラフを乗り越える状態となって、産炭の流れが緩慢になりつつあつたので、本件コンベアを切り詰める必要が生じた。そこで、訴外会社は、同月二五日、一番方の原告を含む採炭員数名に対し、右切り詰め作業を命じたが、訴外相原豊と原告は、ゲート坑道から約6.5メートル付近のNO4自走枠個所において、午前八時三〇分すぎ、本件コンベアの上チェーンを動かないようにすべく、担当の福士係員の指示により、右自走枠の主カッペと本件コンベアの上チェーンスクレーパ間に水圧鉄柱によつて打柱措置を講じた。

(二)  本件コンベアの上添側及びゲート側には、それぞれ原動機が設置され、この原動機の運転操作は、ゲート側に置かれた原動機の脇に付設された切羽監視用操作盤内の操作スイッチ切替用レバーによつて行われるが、右操作スイッチには、誤つて原動機が始動することを防ぐための安全装置としてスイッチ用レバーを固定するため、レバーと操作盤を連通する安全施錠用ピン孔に安全ピン(施錠用安全ピン)を差し込む機構が設けられている。しかしながら、施錠用安全ピンの装着は、操作盤が付設されている原動機自体が払面側に約一四度傾斜して設置されていたため、ネジ止め式でない施錠用安全ピン自体も上向きに差し込まれることとなり、さらに、安全ピン孔の径は、7.5ミリメートルであるのに対し、安全ピンの径は、五ミリメートルであり、かなり大きな遊びがある上に、施錠用安全ピン孔内には炭じんが入つていたため、安全ピンの先端が孔の奥まで完全には挿入され難い状態にあつたことから、振動や作業員の接触等により容易に脱け落ちやすい状態にあつた(なお、本件事故後の改善命令に応じてスイッチ部に鉄棒からなる防護カバーが設置された。)。なお、本件コンベアを作動させる原動機の動力源のスイッチは、ゲート側原動機設置場所からかなり離れた地点に設けられていた。

(三)  作業責任者である前記福士係員は、巡回の途中、本件コンベアの操作スイッチの施錠用安全ピン孔に施錠用安全ピンを差し込んだあと、ゲート坑道の払跡側回収充填現場に巡回して行つたが、ゲート側原動機に付設されたり切羽監視操作盤のすぐ横では、鉱員が、操作盤を背にしてスコップを用いてズリはね作業を続けていた。

(四)  原告らが、同日午前九時三五分ころ、本件コンベアの下チェーンを切るべく、チェーンとスクレーパを連結するシャックルのボルトナットを緩めていたときに、ゲート側の原動機の操作盤の横で操作盤を背にしてズリはね作業を行つていた鉱員の身体の一部が操作スイッチのレバー部分に接触したために、施錠用の安全ピンがはずれるとともに、レバーが逆方向に入力に入つて、本件コンベアが、逆方向に始動した。そのため、原告は、本件コンベアの下チェーンのスクレーパとランプトラフの上トラフ間に左足を挾まれ、左大腿部挫断創の傷害を負つた。

3  使用者である訴外会社としては、原告との労働契約に基づく義務として、被用者である原告が労務を提供するに際して、使用する設備、機械等から生ずる危険が原告に対して及ばないように十分に配慮すべき安全配慮義務を負つているところ、前記認定の諸事情のもとでは、訴外会社は、原告に対し、作業中にコンベアが誤つて運転始動すると、原告を含む作業従事者の生命、身体に重大な危険が生じることの明らかな前記のごとき場所でのトラフの切り詰め作業を命じたのであるから、訴外会社には、操作スイッチの安全ピンにかえてネジ止め式のものを使用してスイッチ用レバーを確実に固定するか、もしくは、操作盤に耐衝撃用防護カバーを設置するなどして、切羽監視操作盤に付設された本件コンベアの操作用スイッチが、レバー部分への不慮の衝撃や接触によつて容易に入力されないように十分配慮すべき義務があつたものと認められる。しかるに、訴外会社は、これを怠り、操作盤、操作スイッチの安全装置を前記認定のとおり不完全な状態のまま放置し、かかる状況下で原告に作業を行わせた過失により、本件事故が発生したものである。したがつて、訴外会社は、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

二原告の受傷及び治療経過

原告が、本件事故により左大腿部切断の傷害を負つたこと及び請求原因2(四)の事実(治療経過)は、当事者間に争いがない。

三損害について(弁護士費用を除く。)

1  休業損害

請求原因4(一)の事実は、当事者間に争いがないから、休業損害は、三五〇万円であると認められる。

2  入院雑費

原告が、夕張炭鉱病院及び美唄労災病院に通算して三五五日間入院していた事実は、当事者間に争いがなく、訴外会社に負担させるべきその間の入院雑費としては一日当たり七〇〇円が相当であるから、合計二四万八五〇〇円の入院雑費を損害と認めるのが相当である。

3  入院介護のための交通費

<証拠>によれば、原告は、美唄労災病院に入院している間、妻とみ子の介護を要すべき状態にあつたこと及び同女は、週一回の割合で自宅(夕張清陵町)から右病院に通い、そのために要する交通費は一往復二一〇〇円であつて、合計一〇万八〇〇円を支出したことが認められる。

4  退院後の通院のための交通費

<証拠>によれば、原告が、札幌に転居するまでの交通費として、二万二六二〇円を、さらに札幌へ転居後の交通費として、九万〇三六〇円をそれぞれ支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

5  退院後の治療費

<証拠>によれば、原告は、昭和五五年六月以降昭和五六年三月一九日までの間に、美唄労災病院に対し、薬代金及び検査料金として合計一一万三三一〇円を支払つたことが認められる。

6  逸失利益

(一)  請求原因4の(六)の事実のうち、原告の性別、生年月日、退職日時、本件事故がなければ、原告は、退職時から停年時(昭和五六年一〇月三一日)まで訴外会社で稼働し、月額三〇万円の収入を得ることが可能であつたことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告が本件事故により左大腿部切断及び輸血後血清肝炎の後遺傷害を受けたことは、当事者間に争いがなく、かつこの左大腿部切断の傷害は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第四級の五(労働能力喪失率九二パーセント)に相当するところ、<証拠>を総合すると、原告は、右血清肝炎による肝機能低下のため疲労しやすく、この点の回復の見込みもないことが認められる。右のごとき後遺症の態様等に徴すると、原告は、終生に亘り、その労働能力を九二パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

(三)  停年退職後における再雇傭を前提とする原告の収入についての主張は、後述のとおり採用できないが、平均余命表や賃金センサス等の記載など当裁判所に顕著な事実に徴すると、本件事故がなければ、原告は、退職後六七歳まで一四年間稼働し、収入を得ることができたと認めるのが相当であり、その収入は、少なくとも次のとおりの額と認めるのが合理的である。すなわち、昭和五三年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計に示された五五歳から五九歳の男子労働者の平均給与年額は、三〇五万〇一〇〇円、同六〇歳から六四歳の男子労働者の平均給与年額は、二三八万三五〇〇円であることからみると、原告は本件事故がなければ、

退職一年目に三六〇万円(300,000×12=3,600,000)

退職二年目に三三二万円(、但し一万円未満切捨、以下同じ)

退職三年ないし七年目に各三〇五万円

退職八年ないし一四年目には各二三八万円

の年収を得ることができたものと認められる(原告の停年時までの収入額は、前記のとおり、当事者間に争いがない。)。

(四)  再雇傭の主張について

<証拠>によれば、訴外会社は、従来から停年退職者の再雇傭制度を有していたが、昭和五五年三月二四日、夕張新炭鉱労働組合との間において、停年退職者の再雇傭に関する確認書を取り交わし、停年退職者のうちの再雇傭希望者を、一年更新で最長五年間、原則として退職時と同じ給与額で再雇傭することとしたこと、原告の職種である採炭員については、坑内深部化による職場環境の悪化、年金制度の整備充実等がなされたことにより、昭和五四、五五年度における再雇傭の希望者は、皆無であつたこと、右再雇傭制度は、坑内従業員不足という当時の実情を前提としたものであるところから、労働力の需給関係の変化等に伴つて、希望者であつても再雇傭されない事態の生ずることを予定していたことなどが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実に徴すると、原告が停年後も再雇傭されたものとして原告の逸失利益を算定することには、合理性がない。

(五)  炭鉱離職者の再就職後の収入について

<証拠>によれば、社団法人北海道炭鉱離職者雇傭援護協会が昭和五五年九月から一二月にかけて行つた実態調査によると、炭鉱離職者のうち五五歳以上の者の平均月収額は、一四万七七〇〇円であることが認められるけれども、右の数値は、賞与及び燃料手当を含まないものであるし、原告が、停年後も採炭員として稼働した可能性を否定しさることもできないから、乙第一号証の前記の数値を直ちに採用することはできず、前記(2)のとおり、停年後の原告の収入は、賃金センサスに依拠することが相当と認められる。

(六)  以上のことを基礎として、原告の逸失利益の退職時における現価をライプニッツ式計算法により算出すると、二五九四万七八三六円となる。

計算式 3,600,000×0.92×0.9523=3,154,017

3,320,000×0.92×(1.8594−0.9523)=2,770,646

3,050,000×0.92×(5.7863−1.8594)=11,018,881

2,380,000×0.92×(9.8986−5.7863)=9,004,292

7  慰藉料

前記認定にかかる傷害の部位、程度、入通院期間、後遺症の程度その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料としては、一二〇〇万円をもつて相当と認める。

8  小計

以上を合計すると、四二〇二万三四二六円となる。

四損害の填補

1  原告が、(一)労災保険法に基づく休業補償給付として二二七万八三三六円、(二)訴外会社からの見舞金として一四四万一〇〇〇円をそれぞれ受領したことは、当事者間に争いがないところであるから、これらを前記認定の原告の損害額から控除することとする。

2  労災保険法に基づく障害補償給付のうちの障害補償年金について

労働基準法(以下「労基法」という。)第八四条第二項は、使用者は、災害補償を行つた場合においては、同一の事由についてはその価額の限度において民法による損害賠償責任を免れると規定しているところから、労基法による災害補償は、損害填補の性格を有するものと解され、さらに労災保険給付が行われるべき場合においては、使用者はその限度において労基法による災害補償責任を免れるのであるから(労基法第八四条第一項)、結局、労災保険法に基づく保険給付は、損害填補の性格を有するものと解すべきである。そうすると、前記労基法第八四条第二項は、要するに同一事由による損害の二重填補を排斥する労災保険法第一二条の四や厚生年金保険法第四〇条と同趣旨の規定と解されるから、被災労働者が使用者に対する損害賠償請求権を失うのは、第三者行為災害の場合(最高裁第三小法廷昭和五二年五月二七日判決・民集第三一巻三号四二七頁参照)と同様、現実に労災保険給付がなされて損害が填補されたときに限られ、単に将来の給付が確定しただけでは足りないと解すべきである(最高裁第三小法廷昭和五二年一〇月二五日判決・民集第三一巻六号八三六頁参照)。したがつて、原告が昭和五八年七月分までの障害補償年金として受給したことについて当事者間に争いのない八二三万六一六九円のみを、前記認定の原告の逸失利益から控除することとする。

3  厚生年金保険法第四二条第一項に基づく老齢年金について

厚生年金保険法第四〇条には、前記労災保険法第一二条の四と同趣旨の規定があり、かつその適用について保険給付の種類を限定していないうえに、同法三二条第二項は、老齢年金や障害年金を含む各種保険給付間の併給調整をも規定しているところからすると、厚生年金保険法に基づく保険給付は生活保障としての色彩が強いとはいえ、同法に基づく保険給付について損害填補の性質を否定することはできない(前掲最高裁第三小法廷昭和五二年五月二七日判決参照)。しかしながら、原告の場合には、厚生年金保険法第四二条第一項第三号、第三条第一項第五号により満五五歳から本件事故がなかつた場合においても老齢年金の支給を受けることができたものであるから、満五五歳以後に原告が受給した老齢年金給付は、本件事故に基づく民法上の損害賠償義務を補完する関係にはないものとみるのが相当である。したがつて、原告が受給した老齢年金給付のうち損害の填補として逸失利益から控除すべきものは、昭和五五年の一〇二万五七六六円及び昭和五六年の三月までの分である五三万八七四一円の合計一五六万四五〇七円である。

4  特別支給金支給規則に基づく休業特別支給金、障害特別年金及び障害特別支給金について

これらの支給金は、労災保険法第一二条の八に規定する保険給付ではなく、同法第二三条の定める労働福祉事業の一環として給付されるものであつて、損害の填補を目的とするものではないから、これらを原告の損害額から控除することはできないと解するのが相当である。

5  石炭鉱業年金について

石炭鉱業年金基金法(昭和四二年法律一三号)に基づく石炭鉱業年金は、石炭鉱業の坑内労働者の老後の生活の安定と福祉の向上を目的として支給されるものであつて(石炭鉱業年金基金法第一条)、損害の填補の性質を有しないから、受給済みの年金であつても、原告の損害金からこれを控除することは相当でない。

6  上積金等について

抗弁7の事実は、当事者間に争いがない。

7  小計

よつて、以上の差引残額は、二八三一万三四一四円となる。

計算式 42,023,426−(2,278,336+1,441,000+8,236,169+1,564,507+190,000=28,313,414

五被告による承継関係及び遅延損害金の額について

1  請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。

2  安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務については、催告により遅滞に陥るものと解すべきであるから、原告の遅延損害金に関する請求部分は、前記二八三一万三四一四円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年四月七日から更正手続開始決定の前日である昭和五七年四月二九日までの間について民法所定の年五分の割合によつて計算された一五〇万四八七七円の限度で理由がある。

六弁護士費用

原告が、本訴の提起、追行を弁護士岸田昌洋及び同小黒芳朗に委任した事実は、当事者間に争いがなく、本件事案の内容、経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用としては、二〇〇万円が相当と認められる。

七結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、債務不履行に基づく損害金三〇三一万三四一四円とうち金二八三一万三四一四円に対する遅延損害金一五〇万四八七七円との合計三一八一万八二九一円について、原告が更生債権及びこれと同額の議決権を有することの確定を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(舟橋定之 市川正巳 齊木敏文)

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